2】

「右舷異常なーし! 左舷異常なーし! よし、キャプテンウソップ様の守る海は今晩も平和だ。
 後方異・・・い? イ? ギャァァァ! 敵襲! 敵襲! みんな起きろ! 海軍だぁぁ!」
マストの上からものすごい勢いで降りてきたウソップは、キッチンからフライパンを取り出し
ガンガン叩いて皆を起こした。
すっかり寝入っていた皆だったが、そのけたたましさに慌てて甲板へ飛び出してきた。
チョッパーだけが、ドアの影からこっそり怯えながら甲板の様子を覗いている。
「海軍だって?」
サンジが暗い海に向かって目を凝らす。
確かに、小さく明かりが揺れているのが見える。
「アイツだよ、アラバスタん時にいただろ? 葉巻の!」
ウソップは足踏みしながらルフィに望遠鏡を渡した。
「あ、ケムリンだ。何してんだアイツ。おーい!」
ルフィが友人を呼ぶようにブンブンと手を振ったところへ、ナミが思いっきり頭を叩く。
「バカッ! 居場所教えるヤツがあるかっ! ウソップ、サンジ君全速力で逃げ切るわよ!」
バタバタとウソップとサンジが走っていくというのに、ゾロは黙ってこちらに近づいてくるビローアバイクを睨みつけていた。
あっという間にバイクは追いつき、船底近くで何か大きなものがぶち当たる音がしたと同時に鍵爪が手すりに巻きついた。
「うわぁぁぁきたぁぁぁ!」
チョッパーの悲鳴が上がると、皆が再び甲板へ戻ってきた。
「少しは働けクソマリモ!」
サンジがゾロに怒鳴りつけたが、ゾロは一点を睨みつけて動こうとしない。
ギシギシと重いモノが昇ってくる音が聞こえる。
「おい、ゾロ縄切っちゃえよ」
小声でウソップが提案したがルフィがそれを良しとしない。
「一人で乗り込んできたんだ、何かワケがあるんだ。聞いてからでも遅くないだろ?」
「また、アンタは・・・」
ナミが苦虫噛み潰した顔でうんざりしている。
間もなく大きな手が手すりに現れ、スモーカーが顔を出した。
「よぉ、ケムリン。何の用だ? 俺達の仲間に成りに来たのか?」
ルフィは笑顔で迎えたが、当のスモーカーは鬼のように恐ろしい形相で一同を睨みつけた。
「ロロノア・ゾロはいるか?」
―――俺に何か用か?」
ゾロは壁に寄りかかりながら、身動きもせずスモーカーを睨み返した。
スモーカーはゾロを睨みつけたまま無言で目の前のルフィを押しのけ 
大股でゾロの目の前に立ちはだかったとたん、いきなりゾロの胸倉を掴み上げ、床に叩きつけるように殴りつけた。
「!」
皆が息を飲んだ。
「ちょ、ちょっとなにすんのよっ!」
ナミが声を上げ、サンジはナミの前に出て戦闘体制をとったが、ルフィが手でそれを制した。
「なっ・・・」
むっとしたナミがルフィに抗議しようとしたが、ルフィが真剣な目で首を振るので仕方なく口をつぐんだ。
こういう時のルフィは、いつものニコニコとした少年ではなく「男」の顔をしている。
サンジはもちろん、ナミもこんな時のルフィには黙って従う事しか出来ない。
床に叩きつけられたゾロは 口の端に滲んだ血を拳でぬぐうと、黙って立ち上がろうと膝に手をかけた。
が、そこへ引きずり上げるように再びスモーカーが胸倉を掴み上げた。
ゾロのシャツのボタンが弾け跳んで、物陰に隠れながら事の成り行きを覗いていたチョッパーの足元に転がってきた。
「てめぇ! ウチのモンに何吹き込みやがった!!」
雷が落ちたような声だ。
「・・・アンタには関係ない」
スモーカーから目をそらさず言うゾロの声はこんな状況でも静かだ。
その態度がスモーカーの怒りに油を注ぎ、更に一発ゾロを殴る。
「ふざけやがって! どんな手でアイツにつけこんだ!」
「・・・」
「クソ真面目な女からかって楽しいかっ?! 答えろっロロノア!」
さらに殴りかかろうとするスモーカーの腕を取って、ゾロは眉間に皺を寄せはっきりと言い切った。
「つけこんでもいねぇし、からかってもいねぇ」
その答えにスモーカーは歯が砕けるような歯軋りをして、掴み上げたゾロを壁に叩きつけ更に高く持ち上げた。
己の重みでゾロの首が絞まっていく。

苦しそうな表情のゾロに下からスモーカーの声が聞こえる。
「・・・遊びだったって言え。そこらへんの街の女と同じ様に遊んだだけだって言え!」
その声は首を締められているゾロより苦しそうな声に聞こえた。
「っるせぇ!!」
ゾロの声と同時に、スモーカーが手すりまで飛ばされた。
胸の辺りを思いっきりゾロに蹴り上げられたらしい。
「なんだ、てめぇはっ! ガタガタとうっせぇんだよ! 他人の恋愛に首突っ込むんじゃねぇっ!」
『え?』
皆が固まった。
『・・・今のアタシの聞き違い?』
『・・・マリモの口から一番似合わない単語が・・・?』
『??? 何の話だ?』
―――れ、恋愛って誰のだよ?』
『!!!! 大変だぁ大変だぁ』
皆の頭がパニックになってる所へさらに追い討ちの一言
「遊びであんなコトできるかっ!」
ゾロは手すりに寄りかかって立ち上がったスモーカーに仁王立ちで宣言した。
一瞬、船上はしーんと静まり返ったが、その静けさはスモーカーが拳を床に叩きつけた音で、皆我にかえった
「・・・この馬鹿が・・・相手を考えろ。海軍だぞ。てめぇは海賊だ、間違ってる!」

「誰がそれを間違いだって決めるんだ? 海軍だとか海賊とかそんな枠なんて関係ねぇ―――
 間違ってるか正しいかは俺達が決める!
そう言い放ったゾロは自信たっぷりにニィっと笑った。
その顔にスモーカーは思わず『いい顔だ』と思ってしまった。
相手は海賊だというのに
その笑顔を信用したくなる
「・・・だから馬鹿だって言うんだ。海軍の人間が罪人と通じた場合、同じ罪人として扱われる。―――銃殺だ」
「なっ!」

「手前ぇがこの場で『遊びだ』と言えばアイツは被害者として助かる。刑執行は明日の夕刻」
「だから俺に『遊びだ』って言えっていうのか?」
「そうだ」
「っざけんな! 嘘でもそんな事言えるか!」
「ならば、アイツは死ぬ」
今度は、ゾロが歯軋りをする番だ。しかし、直ぐにギッっとスモーカー再び睨みつけた。
「死なせねぇ。おっさん、俺をアイツの所へ連れて行け」
「『遊びだ』と言うか?」
「口が裂けても言えねぇよ。俺は俺のやり方でアイツを助ける。誰の指図も受けねぇ。
 どっちにしろ、俺を連れてかなければアイツは殺されちまうんだろ。
 アンタもアイツを助けたければ連れて行け」
ゾロの目は真剣そのものだった。
過去に自分を助けた男。
一国を救った麦わらの一味。
コイツにたしぎを任せられるのか?
スモーカーは目の前に立つ男改めてしっかりと見た。
そして、大きく溜息をつくと
「―――乗れ。時間がない」
と、言うや甲板からバイクに飛び移った。
ゾロはそのまま、皆に背を向けながら話し掛けた。
「ルフィ、悪ぃがちょっと留守する。必ず追いつくから――」
「手ぇ貸すか?」
「いや、いい。コレは俺がケリ付けなきゃならないんでな」
「そっか。・・・一人増えんのか?」
「たぶん。ナミ、女部屋の方ヨロシクたのむ」
「高いわよ?」
「しかたねぇなぁ。ロビンが使ってたベッド痛んでねぇか見てくるか」
「頼む」

「怪我すんなよ」
「なるべく」
「おいクソ剣士! そのレディに好き嫌いはないだろうな?」
「さぁ・・・知らねぇ?」
「自分が好きになった女の好みくらい聞いとけ! トウヘンボク!」
「うっせぇよクソコック! 何でもいいから、なんか作っとけ!―――じゃぁ行って来る」
肩越しに振り返ったゾロが見たのは、皆がニヤニヤと笑いながらも手を振って、
口々に がんばれよ! 等と言ってくれている姿だった。



ビローアバイクは最高速度でサンデリアーナに向かった。
夜がもう直明ける。
気温が更にぐっと下がっていき 空気がキリキリと音を立てていくようだ。
「―――なんで、バレた?」
「アイツが自分で報告しに来た」
「はぁ? 馬鹿かアイツは! 黙ってりやいいものを・・・」
「海軍も馬鹿じゃねぇ、いつかはバレる。他人にバラされるよりマシだ」
『ったく、クソ真面目な女だ』
二人の声が重なり、お互い苦々しい顔になっていた。
アラバスタの一件よりこの男達を追ってきたが、従来の「海賊」という枠に嵌らない「何か」を持っている。
実際彼らの犯罪実績を見ると『弱い者』達が被害にあった事は一件も無いのだ。

「・・・なんで、海賊なんてやってる? お前は昔、海賊専門の賞金稼ぎだったはずだろ?」
「別に・・・賞金首になってる奴等ってのは大抵腕がたつ奴だろ? 
 当座の生活費稼ぐのと腕磨くのに手っ取り早かったから狙ってただけだ。

 海賊は・・・まぁどんな手でもよかった。もっとスゴイ奴に遭って腕磨きたくて、
 ウチの船長にくっついてきてみりゃぁ 案の定、賞金なんて掛かってなくてもスゲェ奴がゴロゴロしてやがった」
最初は面倒くさそうにボソボソと話していたが、最後には嬉しそうに口に笑みを浮かべながらゾロは話した。
「強くなってどうする?」
「・・・なんでおっさんにそんなところまで話さなきゃなんないんだよ」
「フン、確かに。ま、海賊とこんな風に話す機会なんて滅多にないからな」
「・・・世界最強の剣豪になる」
「そいつぁ見ものだな。手前ぇの賞金額がどれだけ上がるのか」
スモーカーは笑わなかった。が、しかし直ぐに後ろのゾロにニヤリと笑った。
「その前に俺達が捕まえる。『麦わらの一味』と一緒にな。覚えておけ」
「へっ。俺の前に立ちふさがったら今度は斬るぜ? おっさん」
「やれるもんならやってみろ」
「やるさ」
スモーカーは風にかき消されるくらい小さな声で呟いた。
「――――なれるもんならなってみやがれ」
その表情が笑っていたのか 怒っていたのかは彼の吐く煙で見えなかった。

            
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